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  7. 新発見・新収蔵《アマリリス》《外遊スケッチ》初公開
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●竹久夢二の新発見・新収蔵作品の初公開●

長きにわたり所在不明の作品、幻の“夢二のモナリザ”を入手!
油彩画 《アマリリス》 (1919年頃)

夢二に託された遺品、最期を看取った医師であり友人である正木不如丘旧蔵
未公開の外遊スケッチを発見!


2024年 全国の美術館5館を巡回する大規模生誕記念展を前に、新たに発見した新収蔵作品を初公開


公益財団法人両備文化振興財団 夢二郷土美術館(岡山市中区浜2-1-32 館長 小嶋光信)では、このたび長らく所在が不明であった竹久夢二の貴重な中期の油彩画≪アマリリス≫と、夢二を看取った医師であり友人の正木不如丘旧蔵で未公開の外遊スケッチ帖を発見し、収蔵することができました。
生誕140年・没後90年を記念する当館所蔵作品を中心とした大規模な巡回展が開催される運びとなり、それらの新収蔵作品とともに夢二郷土美術館コレクションの≪立田姫≫・≪西海岸の裸婦≫など代表的な肉筆作品を中心に過去最大規模の記念巡回展となります。
新収蔵作品は2024年6月に巡回展がスタートする東京都庭園美術館で初めて一般公開されます。
当館での開催は2024年秋となり、その後、大阪のあべのハルカス美術館、富山など全国約5館の美術館で巡回する予定です。

 

巡回展についてはこちらをご覧ください。

「夢二生誕140年記念 全国巡回展について」

 

■新収蔵作品について
1.竹久夢二《アマリリス》

《アマリリス》油彩・カンバス、1919年頃、60.4cm×40.7cm、夢二郷土美術館蔵

 

長らく所在不明となっていた竹久夢二の中期の油彩画の代表的な作品となる秀作。
1919(大正8)年9月に福島で開催された夢二自身が会場づくりにも工夫をこらして開催した「竹久夢二抒情画展覧会」に出品された重要な作品であり、当時の新聞(福島民報)にこの作品図版が掲載されています。長期逗留した菊富士ホテルのオーナーに夢二が贈り、閉館するまでホテルの応接間にかけられていたとされます。その後の所在は不明でした。
手前に描かれた鉢植えの大きなアマリリスの花が印象的で、本を手に座ったきもの姿の女性の髪飾りのようでもありミュシャなどのアール・ヌーヴォーの影響もうかがえます。テーブル、鉢植え、コーヒーカップ・ソーサーの円が効果的に配され、構図の工夫や色彩に夢二の独自性と新たな油彩表現がみられます。
現在公開されている夢二の油彩作品は約30点と希少であり、その約半数が夢二郷土美術館所蔵です。油彩画≪西海岸の裸婦≫(1931年-1932年)に続く当館の新収蔵の油彩画です。

 

2.竹久夢二《外遊スケッチ》

 
  

《滞米スケッチ》(正木不如丘旧蔵)

 

 

《滞欧スケッチ》(正木不如丘旧蔵)

 

《外遊スケッチ》
滞米スケッチ全146点、滞欧スケッチ全26点
鉛筆・淡彩・紙、1931年-1933年、夢二郷土美術館蔵

 

竹久夢二が、1931年5月から1933年9月までアメリカ西海岸とヨーロッパに外遊した際に持ち歩いた2冊のスケッチブックに描かれた風景や人物などのスケッチであり、滞米中の素描が146点、滞欧中の素描が26点描かれ、彩色された作品も含んでいます。
これらは外遊から帰国して結核を患っていた夢二を発見し、自身の病院に引き取り最期を看取った富士見高原療養所の所長であり、夢二とは短歌を通して親しかった正木不如丘氏に夢二が最期に託した遺品です。その内容は公開されておらず、長らく所在も不明でした。
夢二が最期まで身近に置いていたこれらのスケッチにより、夢二が晩年に新たな境地で作品に取り組んでいたことがわかります。1931年6月1日よりサンフランシスコの日本語新聞『日米』にアメリカの印象に関する挿絵入りエッセイを夢二が連載していますが、その挿絵のもとになっているスケッチや、ロサンゼルスオリンピックの取材の際に描いたと思われるボクシングやレスリングのクロッキー、外国人女性がきものを着ている姿、街でみかけた何気ない風景、牛、なども描かれています。
中でも注目すべき点は、油彩画《西海岸の裸婦》につながる外国人の裸婦のスケッチが多くあることです。夢二は外遊前にはほとんど裸婦を描いたことはないため、新たな挑戦として洋画の重要な画題である裸婦に取り組んだ過程がわかります。また、晩年榛名山美術研究所の設立に向けてアーツアンドクラフツ運動に興味をもっていたために、民具のスケッチや、当時のデザインを模写したものもあります。

 

 

■【参考】幻の油彩画《西海岸の裸婦》について(2015年収蔵)

《西海岸の裸婦》 油彩・カンバス、1931年-1932年、51.0cm×62.0cm、夢二郷土美術館蔵


*岡山・京都以外では初公開

 

「モデル女よ、その色が俺の絵具箱にはないのだ。 光の中でお前は真裸身だ。
日本男児のつつましさを俺は恥ぢる。」
        1932(昭和7)年3月20日付 『夢二日記』感覚断片(一部)

 

初めての外遊で訪れた異国の地・アメリカ西海岸にて新たな夢二式美人を表現することに成功した晩年の代表作の一つとなる油彩画の大作。理想の女性像を追い続け描いた夢二式美人の真骨頂です。
竹久夢二は1931年に欧米へ出帆し、約一年間のカリフォルニア滞在中にアトリエを構えて油彩画に積極的に取り組んでいました。中でもこの作品は洋画の重要画題である裸婦に初めて本格的に取り組んでおり、並々ならぬ夢二の新しい画境への挑戦の意欲が感じられます。
女性のからだと並行するストライプの背景、菱形に組まれた腕など構図に斬新なデザイン的要素がみられます。この背景の色で表現しているのは、青は海、緑は山、茶は大地を意味するのではないでしょうか。
収蔵後に夢二油彩画の初めての化学調査を行ない、最初は腰に布をかけた裸婦を夢二が描いていたことと、西海岸の光の中で内側から輝く外国人女性の肌の美しさを表現するために白の油彩絵の具を2種類使い分けていることがわかりました。
この作品は、生誕130年を前に当館のFACEBOOKに寄せられた1通のメッセージをきっかけに2015年アメリカから岡山に奇蹟的に里がえりして当館の所蔵となりました。メッセージの送り主は夢二がロサンゼルスで世話になった写真家宮武東洋のご令孫アラン宮武氏であり、ロサンゼルスに調査に伺い当館に収蔵することとなりました。現存する夢二の油彩画は非常に希少(公開されている油彩作品は約30点、うち13点が当館所蔵)であり、またその中でも外国人女性とはっきりと認められる裸婦を描いた作品はこの1点のみと考えられます。